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「キャリア・バー」 第6回

「うまく教えるためのアドバイス(2)」
*1*

 僕は、マスターの言ったことがよく分からなかった。

 マスターは、「上手く『教える』ために必要なことは、『教えることとはどういうことか、なぜ教えるのか、教えた結果、何が変わっていなければならないか』をよく考え、教える人が目標(ゴール)イメージを強く持つことなんだ」と言った。

 それは、どういうことだろう・・・文字通りにとれば、目的を持って、最終的に、教えられた側がどのように成長したかを、教える側がイメージしておけということか。でも、僕にはいままで部下がいなかったから、そういう感覚は分からない。

 上司の園田はどうだろう。

 あの人は、僕の成長イメージなんか持っているわけがないだろう。人を苛めて喜んでいるような卑劣な奴だ・・・そこまでいうのはちょっと言いすぎかも知れないが、僕は園田がちゃんと目的意識をもって部下全員を育てているとは到底思えないのである。

 マスターが言うことは理解できたが、それは理想論でしかないと、僕は思った。相変わらず、マスターは真田氏に向かって説法をといている・・・よく見ると、少し酔ってきたようだ。また、手にグラスを持っている。

 真田氏はというと、こちらもかなり酒が入っている・・・目が据わっているし、声を大きめになってきた。マスターは教育論について彼に語っている。

「真田いいか、どうしたら上手く教えることができるか。俺はいままで、それこそ多くの人間と一緒に仕事をしてきたよ。そして、いくつかのモニタリングをしてきた。仕事を通じて人を成長させたケースを分析したんだよ。」

「それで、何が分かったんですか?」

 真田氏が積極的に聞く。

「おう、面白い共通点を見出した。」

「どんな?」

「上手くいったときは、教えられる側が問題を前にして苦しんでいる状況で、俺が解決のヒントを与え、本人が自主的に問題を解決したという状況だ。わかるか?」

このあと少し間があいた。真田氏を見ると、下を向いて何か考えている様子で、外から見ると口を軽く空けたままフリーズしているようだった。

 おそらく、彼はマスターの言葉にテンポよく返せないのだろう。でもそれは無理もないと思う。マスターの言うことはいちいち抽象的なんだから。

 そもそも教育みたいな話は、具体例がないとなかなか理解がしにくい、だから真田氏も同じで、頭が付いていかないんだろうと思った。

*2*

 マスターは真田氏を見て何か感じたのか、ちょっと話し方を変えた。

「真田、上手く教えるためには、本人に苦しんでもらうこと、教える人間が適切にサポートすることが大事だ。でも、最後は本人に解決してもらうことが必要だ。だから、俺は、あるときから、人工的にこういう状況を作るようになった。」

「なんか、事例ないですか?ちょっと、成宮さんの話は難しいから・・・・」真田氏が言う。

「そうか」

 マスターは話すのを止め、ウイスキーをグッと一気に飲み干すと、急いで厨房の奥に入っていった。しばらくして出てきたときに、綺麗なあおい透明なガラス皿を持っていた。それには、綺麗な橙色のものが乗っていた。それを僕の前に出すと、マスターは「時知らずの鮭です」と言った。

「高田さん、釧路によくいくんでしょう?」

 何でマスターがそんなことを知っているのか気味が悪かった。でも、確かに僕は北海道を何回もキャンプで回っている。特に釧路では湿原の中のタッコブが好きで、キャンプをしては湿原を歩くようなことをしていた。

 北海道の鮭は秋に川にのぼって産卵するので、川で捕獲されるのが普通だ。でも、そんあ鮭たちは体力を消耗してて、味がどうしても落ちてしまう。でも、時知らずは、産卵の時期ではない若い鮭が、何を考えたのか、時を知らずにして川にもどってくる。ここを人間が捕獲する。

 これが時知らずとか、時鮭と言われる鮭の正体で、産卵のために体の栄養が取られていない分、非常に味がよいのが特徴だ。僕はこの時知らずが大好きで、釧路でも顔なじみの魚屋で分けてもらうほどだ。

 食べてみると、濃厚で口の中でねっとり絡むいつもの味だった。

「昨日、鮭のことを嬉しそうに話していたんで、今日の仕入れで築地で買ってきた。でも、今日、高田さんがまた見えるとは思わなかったけど」

 マスターは、そう言って、もう人つの皿を真田氏のところに置くと、彼は美味そうに鮭を食べた。

 確かに、昨日はそんなことを話したような気もするが、あまりよく覚えていない。でも、鮭は美味かった。やはり、鮭は時知らず限る。

「では、こんな話をしよう」

 いつの間にか、マスターはカウンターに戻っていた。僕は鮭から目を離し、話し始めたマスターのほうに注目したのだった。(以下次回)

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