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「キャリア・バー」 第4回・・・「山と本郷のバー」

*1*
 
 朝、目が覚めたら自分の部屋だった・・・少し頭が痛かった。

 起き上がって窓の外を眺めると、高速道路と海があって、たくさんの車が行き来している。いつもとまったく変わらない景色である。ここに住むようになって4週間がたつけれども、まだまだ自分の街と思えない。でも、これから何ヶ月も住んでいても、きっと愛着は沸かないであろう。

 この場所はかつて海だったらしい。いわゆる東京の埋め立て地である。東京の埋立地はもとはゴミ捨て場だったのか、土壌が良くないと評判が悪い。築地の市場が移るとか、オリンピックを誘致するとかの話だが、こんな場所で本当にいいのか疑問である。

 昔はまったく殺風景な場所だったが、新橋の方お台場を通した電車が通って、高いマンションがたつようになったらしい。街の認知度が上がったようだが、僕にとっては本当に味気ない場所である。僕が好きなのは歴史のある街、東京なら本郷、関西なら芦屋だ。

 両方とも歴史があって、人が昔から暮らしてきた独特の雰囲気がある。本郷にも芦屋にも文豪の香りがするし、芦屋の町名には歴史を感じるものが多かった。

 でもここは違って、何か新しい車のような匂いがし、人口的な、合皮のような新しいものを鼻に感じてしまう。本当にそんな匂いがするはずはないのだけれど、それは、もしかしたら、僕が普通の状態ではないからかも知れなかった。

 僕の家族は東京に来るのを躊躇った。春休みの間は多少一緒に暮らしたけれども、その後は芦屋に戻ってしまった。家族がいない、知らない街で僕は久しぶりの一人暮らしを始めたのだった。

***

 結局、岡崎のところには泊まらないでタクシーで帰ってきた。

 本郷からは30分くらいだと思うが、どういう道路を通ったかは覚えていない。というか、僕はこのあたりの道路に詳しくないし、このあたりは川や運河があって複雑で、本気で覚えるのは面倒だった。

 本郷も芦屋も道は単純でよかった。本郷には大きな道が十字に通っていて、北東に東京大学のある広い七丁目がある。北西には四丁目、五丁目、六丁目があり、南東に三丁目、そして残りの南西に一丁目と二丁目がある。

 芦屋はもっと単純だ。海から大きな道が三本あって山に至るし、電車なら海側に阪神、中ほどにJR、山の手に阪急があって非常に分かりやすい造りなのである。海側から見た六甲山は絶景だが、もっと凄いのは山から見た夜景だ。空には星、下には街と海の光が瞬く。こんな場所とは豪い違いだ。

***

 時計を見ると8時5分だった。

 会社は9時から始まって、場所は銀座の新橋寄り、ここから電車で40分くらいの道のりである。僕はしばらく考えて、今日は会社に行かないという決断をした。よく考えてみると最近は身体がだるいし、気分も優れない、食事も不味いし、眠りも浅いことが多かった。

 会社に電話すると、後輩が出た。園田は外しているという。園田と話しをすべきだろうが、話をすることは嫌だった。少し考えて、後輩に、体調が優れないこと、医者にいくことを告げてもらうことにした。携帯の電源も切って、ベッドにうつ伏せになってみると、気持ちよくなってきた・・・そのまま意識が遠くなった。


*2*

 気がついたら午前11時になっていた。あれから3時間くらい眠ってしまった。会社には医者に行くといったものの、本当にいくつもりは全然なかった。というか、どこの医者にいったらよいのかよく分からないから、行きようがない。

 ベッドから起きて新聞をとってきて、めくってみた。特に面白い記事はなくてボーっと読んでいると、だんだん昨日のことが気になってきた。

 昨日は、2次会で本郷の変なバーにいったのがった。そして、はじめて会ったマスターと話しをして、帰り際に気になることを言われたのだった。

「今に向き合う、過去にしがみつく」

 確かに昨日のマスターはこう言ったと思う。でも、どういう意味なのかは、僕にはよく分からない。いろいろ考えて、少し頭がクリアになってきた。「今に向き合う」とは「過去ではなく、今起こっていること向き合え」ということだろうか。

 一般に考えれば、「向き合う」とは、「真剣の考える、本気で取り組む」ということに近い概念である。ならば、僕の新しい仕事への取り組みは弱い、緩いということになる。

 でも、僕は一生懸命やっている。それが、何故問題なのかが分からない。それも、赤の他人に言われることに、僕は全く納得ができないという気持ちである。

「過去にしがみつく」

 もう一つ、僕は過去にしがみついていないと思う。そうではなくて、僕はやはり開発の仕事で成果を出せる人だという気持ちが強いということだ。僕は、しがみついているのではなくて、開発の仕事でこそ、会社に貢献できているのだと思っている。

 それを会社は勝手に転勤させておいて、新しい仕事でも同じようにしろという。でも、それは、会社が人材を十分に生かしきれていないのだと思う・・・やっぱり、あのマスターはおかしい。それを言ってやらないと気がすまない気持ちになってきた。

 僕は昨日着ていたスーツのポケットから名刺入れを取り出して、昨日もらったものを探してみた。見覚えのない名刺があったから読んでみた。マスターは「成宮 広」という名前、店は午後8時から開始するということが書いてあった。

 時計をみると、午後8時にはまだ大分ある、僕はちょっと思い立って服を着替えトレッキングシューズを履いて、有楽町線から新宿に向かうことにした。山に登りにいくためである。


*3*

 僕は山が好きである。でも北や南のアルプスのような高い山ではなく、日帰りでいける低山を好む。芦屋に住んでいたころは六甲があってよく登っていた。六甲山は今でこそ緑が豊富な山だけども、江戸時代は草木が生えない寂しい、怖い山だった。

 僕がはじめて六甲に登ったときに、山頂で会った初老のハイカーがそう言った。多くの人が力を合わせ木の苗を植え今の綺麗な六甲山にしたそうである。僕はそれまで、どんな山でも自然に木が生えるものだと思っていたから、非常に驚いて感動した記憶がある。

 新宿に着くと、地下鉄の改札口で山への経路を聞き、アイボリー色の私鉄の特急に乗った。これから約1時間で到着するはずであった。東京は山が遠くて不便である。芦屋にはすぐ近くに六甲があるが、東京はこの山か、奥多摩、秩父か丹沢にいかないと適当な山がない。

 そこで最も近そうな多摩の奥にある山を選ぶことにした。ミシュランのガイドに富士山とともに紹介されているところで、どこかで登りたいと思っていたから丁度よかった。僕は昔から、気分が優れないと山に登ることが多かった。

 「何か理由があるか」と言われるとうまく説明できないのだが、山を登ると何も考えなくて済むからかも知れないし、風景に圧倒されて嫌なことを忘れるからかも知れなかった。どちらにしても、僕は、今日は山にどうしても登りたいと思ったのだ。

***

 登山口の駅につくと、平日なのに結構客がいて驚いた。遠足の小学生や中学生、ランニングをする老人の姿も結構多かった。さらに、犬をつれて歩く綺麗な女性が結構多いことにも驚いた。六甲よりも多様な感じの客層である。

 ここには登山道が10近くあったと思うが、正確な数は覚えていない。僕は最も険しい尾根沿いを登ることにした。険しいといっても低山である。1時間程度で頂上まで到着すると掲示ガイド書いてあった。

 登り始めると、かなり寒かった。4月では、多摩の山奥ではまだまだ寒いということか、ひんやりとした冷気が、半袖の腕に痛い感じである。でも、木や花は素晴らしかった。六甲もよいが、この山もよいと思った。

***

 頂上には約1時間で着いた。この景色がまた凄かった。

 東京の街、横浜の街と富士山が素晴らしかったが、もっとよかったのは頂上の店で食べた手打ちの蕎麦である。ここの名物で驚くほど太い蕎麦だった。僕は名物が好きである。このとき以来、僕はここに来るとかならずこの蕎麦を食べるようになった。

***

 中央線の特別快速で御茶ノ水から丸の内線に乗って本郷三丁目で降りたときは、午後8時5分前だった。僕は大きな交差点から、そのバーに行くために、日本橋方面に歩いていった。(次回に続く)


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