*1*
飲み会に集まったのは3人だった。岡崎、大野、それに僕。3人とも大学の同じクラブの仲間だ。僕は10年間大阪で働いていて、岡崎と大野に会うのは5年振り、最後にあったのは岡崎の結婚式だった。
しばらく会っていなかったから、話は尽きなかった。岡崎は大手地方銀行の支店で営業の仕事をしている。支店長とそりが合わず冷たくされていること、銀行の仕事が昔とは随分変わって、新しいことをなかなか覚えられないことなどの話しを聞いた。
大野は新卒では自動車メーカーに入った。でも、それから7年で退職して小さい会社を興した。今は中古車ディーラーをしているが、なかなか儲からないとのことだった。僕は会社のことを聞かれて、楽しくやっているとだけ答えて、それ以上のことは話さなかった。
3人で大学時代の話、本郷の三四郎池で肝試しをやったこと、上野まで自転車でいって池之端あたりで飲んだこと、日光への合宿なんかの話をした。僕は会社でのことをすっかり忘れることができて、気分がすごく良くなった。こうしていると、転勤前の絶好調だった頃に戻るようだと思った。
本郷は夜が早い。10時30頃にラストオーダーだと店が言ってきた。その後酒を数本頼み一気に飲んだので3人とも酔いが回った。店の人が何回かやってきたが無視していたら、店を閉めますいうことで外に出された。
「楽しいな。次いくか。実はちょっと変なバーがあって・・・でも、3人だと入れない」岡崎が言った。
腕時計を見たら11時を少し回ったところだった。この時間の本郷の店はどこも空いている。
「大丈夫、11時過ぎてる」
「混んでいるとかじゃない。3人だと入れてくれないんだ。」岡崎は少し笑いながら言う。
「入れてくれない?」
「そう、ガラガラに空いていても入れてくれない。それがポリシーみたい。店の入り口にグループお断りの注意書きがある。前に3人で行ったとき、試しに入ろうとしたら本当に断られた」
「それで?」
「頭にきたんで、その日は上野に出て広小路のスポーツバーにいった。みんな、頭にきて「本郷の駄目バー」って笑ってたな」
「なら広小路だ。そんな変な店は駄目だ」
「でも、どうしても気になって、また後日行ってみた。ジントニック頼んだら嫌味言われた。カクテルは駄目らしい。ウイスキーを飲む店だからっていうんだよ、そのマスター。いろいろ説教されたな。説教バーだな、まるで」
「腹立つな。上野行こう、広小路の店」
「でも・・・広小路は少し歩くし・・・説教バーは結構安いんだ。ウイスキーのボトルなんか3000円くらいで入るし。日本の銘柄だけど結構美味い。ツマミも全国の美味いもの出してくれて安いんだよ。結構、気に入っているんだ」
「ふーん。なんか、面白そうだな。行ってそのマスターを見たいな」
僕は結構面白そうだと思うようになってきた。
「本当にいいか?変わってるよ。ウイスキー注文しないと怒るし・・・」
岡崎はその説教バーを結構気に入っているようだ。
僕と岡崎のやりとりを聞いて、大野が「帰る」と言い出した。面倒そうな店と思ったのだかも知れないし、家が遠いから途中で帰るのが面倒だと思ったのかも知れなかった。でもこれで二人になったので丁度よくなった。
「また、今後な」
そう言い残してタクシーで大野は上野に向かった。常磐線快速に乗るためだ。それを見送ると、僕と岡崎は日本橋方面にぶらぶら歩きだした。
*2*
本郷は久しぶりだ。僕は本郷と同じ丸の内線の沿線にある大学に通っていた。同じ大学だった岡崎とは、その頃からの仲のよい関係だ。岡崎は学生のときから本郷に住んでいて、二人は当時から凄く仲が良かった。そのころは週に3日は岡崎のアパートに泊まっていた。
午後3時以降の授業で岡崎に会うと、そのまま本郷に飲みにいった。昼間から飲みながら将来の仕事、女の子のこと、食べ物のこと、旅行のことなどを話した。店を追い出されると、岡崎の部屋にビールと焼酎とおつまみを買って飲んだ。
それからずいぶん時がたったが本郷はあまり変わらない。高い建物はないし、マンションも少ない。店も小規模な飲食店しかない。夜遅くまで酒を飲める店も非常に少ないのも本郷のよさだ。だから、朝まで飲みたい人は上野まで行ってしまう。本郷はそういう街なのである。
僕がいろいろ考えていると岡崎が立ち止まった。そこには大きなオークの樽があり、地下に階段が続いている。樽には外国語で何か書いてあるけれども読めなかった。
「あれが例の・・・」 岡崎が指差す。そこには本当に「三名以上お断り」の注意書きが書いてあった。
「当店利用の方へ」
・お一人か、二名まででおいでください。(三名以上の方は、ご遠慮願います。)
・素面かほろ酔いでおいでください。(泥酔している方は、ご遠慮願います。)
・静かに、楽しくお過ごしください。(騒がれる方不機嫌な方は、ご遠慮願います。)
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「本当に書いてあるな。大丈夫かよこの店」
僕は気分が高まって、非常に嬉しい気分になってきた。本当に書いてあった。この不況時期にこんなマニアックなポリシーをもったマスターはどんな人か。ぜひ見てみたいと興味が沸いてきた。
でも、何をマスターに言われるのか少し緊張した。けれども、こっちは客だ。最後は文句言ってやればいいから大丈夫と思った。
*3*
階段を下がると店はガラガラで誰もいなかった。その店には長めのカウンターがあってその向こうに男がいてこっちを見ている。別に笑顔も何にもない。「さあ、どうぞ」という動作もない。こっちを一瞥して「いらっしゃいませ」とだけ低い声で言っただけである。愛想がない男だ。僕はそう思った。これがこの店のマスターなのか。
店は細長く奥に続いていて、うなぎの寝床のようになっている。カウンターの背側は1メートルくらいしかなくてかなり狭く圧迫感がある。まあ、それが隠れ家みたいで好きな人もいるかも知れない。
細長くつづくカウンターの左側は厨房、右側には綺麗な木の壁がある。カウンターの奥側には小部屋があってボックス席があるらしい。背もたれが一部だけ見えている。岡崎がカウンターの一番奥に、僕がその前に座ろうと、綺麗な木の壁の前にある台にカバンを置いときマスターが言った。
「そこは置かないで、見た目が悪くなる。こっちに貸して」
「すみません」
岡崎はマスターに笑いながらカバンを渡し、「お前も」という具合に僕に目で合図する。僕は呆然としてしまった。
「そこは、ものを置く場所ではないんでね」
「すみません」
岡崎が言う。彼は本当に礼儀正しい。
「分かればいいんです。まず、お酒から聞きましょうか。何にしますか?」
マスターが言った。
「何がいいですか、ウイスキーですよね」
岡崎は恐々としている。
「うちは、ウイスキーの店だから」
マスターはぶっきらぼうである。岡崎はしばらくメニューを見ていたが、そこには気に入ったものがないと思ったのか、店内に張っているメニューをチェックしはじめた。
「なら、そこのボトルのウイスキーお願いします。いいよな、高田」
岡崎が僕に同意を求めるように言った。
そのウイスキーはニッカの余市という銘柄だった。北海道のニッカ蒸留所のウイスキーらしいが、僕は今まで飲んだことがなかった。けれども、余市には行ったことがあった。地図でいうと小樽の左上の方、10年くらい前に函館にいったときに通ったが、それ以上の記憶はなかった。
「それから、食べ物いいですか。このオリーブ3種とチーズをお願いできますか?」
岡崎は兵庫県の牛窓出身で、子供の頃から特産であるオリーブが好きである。だから、自然にこの言葉になったのだろう・・・でも、その後のマスターの言いように驚いた。
「今、ドリンクやってるから、見ればわかるんじゃないの。ここには、僕一人しかいないから。」
腹がたつとはこういうことだろう。この言い方が僕は気に入らなかった。
そもそもサービス業にはそれなりの接客態度がある。自分の好きなコンセプトで店をやるのはよいが、客に失礼なことが多すぎる。
-本当にこんな失礼なバー男がいるのか-
そう思ったらさらに腹が立った。(次回に続く)
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